おもしろうて やがて悲しき はるさんの休日 No10 2026.01.31
火と筆の国
プロローグ
私の家系は、甲州のどこにでもいる一豪族にすぎない。 代々、武田家に仕えてきたとされるが、名を残すほどの武勲もなく、歴史書に大書されることもない。
それでも平安の昔から、営々と同じ土地に根を張り続けてきた。 数えれば、私で三十五代目になる。
祖父は、老いてから郷土史の研究に没頭した。 土蔵に眠っていた古文書や過去帳、断片的な伝承を拾い集め、当家の歩んできた道筋を一冊の書にまとめた。
そこに記されていたのは、英雄譚ではない。時代のうねりに翻弄されながらも、泥を這い、しぶとく生き延びてきた名もなき人々の、生々しい呼吸の記録だった。
父はさらにその資料を精査し、系譜を遡る中で一つの仮説に行き着いた。
――当家の遠祖は、ヤマト「山辺の道」の途中にある小さな神社と深い関わりを持っていたのではないか。
確証はない。だが、その推測は、次に血を継承する私の胸に、静かで、しかし確かな重みとなって沈殿した。 気がつけば、私の足は自然とヤマトへ、そしてあの「古道」へと向かっていた。
⸻書かれなかった系譜
私は「街道」が好きだ。 そこは単なる通過点ではない。 かつて数えきれない人々が、それぞれの事情と願い、あるいは血を吐くような覚悟を抱え、同じ地面を踏みしめて歩いた場所である。
ある者は希望を。ある者は恐れを。 またある者は、己の名が消されることを予感しながら、ただ前へ進んだ。
彼らの想いの残滓(ざんし)に触れたくて、私は各地の古道を巡ることをライフワークとしてきた。
東海道、中山道、甲州街道。西国、伊勢、丹波。紀州街道を辿り、出雲街道を北上した。奈良街道を往復し、竹内街道を越えてきた。
そうして辿り着いたのが、古の都、奈良である。
奈良盆地を網の目のように走る上ツ道・中ツ道・下ツ道。それらを巡る中で、ふと、ある一点に吸い寄せられた。
纒向(まきむく)。 唐子・鍵(からこ・かぎ)。
今では遺跡と呼ばれるその土を踏みしめたとき、風の音が、かつて火を囲んで重大な決断を下していた者たちの囁きに聞こえた。
そこで一つの問いが、私を捉えて離さなくなった。 「邪馬台国」とは何だったのか。 「卑弥呼」とは、いったい誰だったのか。
残された史料は、常に勝者が書き換えた「結果」でしかない。 そこに至るまでに、誰が歩き、誰が迷い、そして誰が「真実」を歴史の闇に沈めたのか。
私は、自分の中に生まれたこの違和感を鎮めるため、一編の物語を編むことにした。
これは学説ではない。結論でもない。 ただ、古道を歩き、土地の乾いた風に吹かれた一人の人間が幻視した、**「あり得たかもしれない」**もう一つの正史である。
この物語の中に、わずかでも共鳴するものがあるならば。 それだけで、私がこの世に在った意味は、十分にあったのだと思える。
そのような、ささやかな、しかし切実な期待を胸に――。 ここから、筆を進めることにする。

