おもしろうて やがて悲しき はるさんの休日 No.8 2021.11.16
みなさまこんにちは。はる院長です。久しぶりの「おもやが」の時間がやって参りました。
今回はインドネシア生まれの「マキシマス号」とツーリングに出掛けましたので報告致します。
「伊賀の天は、西涯を山城国境笠置の峰が支え、北涯を近江国境の御斎峠がささえる。笠置に陽が入れば、きまって御斎峠の上に雲が湧いた」
これは司馬遼太郎の有名な小説「梟の城」の出だしである。
熱烈なる司馬遼太郎ファンである少年は、この「御斎峠」にいつかは行ってみたいと思ったものである。
御斎峠と書いて「おとぎとうげ」と読む。
諸説あるが、家康が本能寺の変の際に三河に脱出した峠道として歴史好きには比較的有名である事は確かである。
ともあれ今回は忘れかけていた少年時代の想いを呼び戻す旅に出かけてみた。
暗峠を越え、奈良盆地を横切り笠置山地を抜け月ヶ瀬、島ヶ原を経由すると目の前に高旗山が見えてきた。
そこからさらに標高をグングンと上げていくと今回の目的地である御斎峠に到着した。
駐車場は広く駐輪し放題であるが私一人であった。
ここからが大変であった。この急な階段を上がらないと目的地には到着しないのである。
普段の運動不足もあり膝からピキピキと変な音が聞こえてくる...
しかし頂上に到着すると伊賀盆地が一望できる絶景が待っていた。
私一人だけであったのだが、何か後ろから嫌〜な視線を感じ振り返ってみると...
MEORよ、私より先に「やっほぉ〜するな❗️」(怒)
ここで束の間の昼食を摂り次の目的地に向かう。
私は旅先ではゆっくりとはしない。いつも駆け足である。
なのでいつも同行者に嫌がられる。
ここが次の目的地である「多羅尾代官陣屋跡」である。
多羅尾と書いて「たらお」と読む。
何があるのかって?
愚問である。何もない。
ただ、そこは静かに紅葉が広がっていた。
伊賀甲賀に来て「多羅尾」「望月」「百地」などの地名をみると、戦国時代にタイムトラベルしたようで何気ない風景が何か意味ありげに見えてくるから不思議である。
目的を達成した私は信楽を通り和束の茶畑を通りながら帰路に着いた。
信楽から和束に抜けるこの道は非常に快適であった。
現在、臨床工学技士「うえ様」が中型バイクの免許を取得中である。
免許取得の暁には彼と事務長と3人でツーリングをする予定である。
親切な私は初心者である「うえ様」を極楽ツーリングに連れ出すため日夜心地よく走れる道を調査中である。
うえ様を初心者扱いしている私も11月に免許取得したてのホヤホヤライダーであることを報告しておく。