おもしろうて やがて悲しき はるさんの休日 No.2 2020.09.13
みなさまこんにちは。はる院長です。
やってまいりました「おもやが」の時間です。
誰も言ってくれないので自分で言い出してみました 。
今回は私の名物親父についてコラムを書いてみようかと思います。
私の父は新しいもの好きで、その血は脈々と私にも受け継がれています。
まず最初に私が小学1年頃に我が家にやってきた変な乗り物。
その名も「自転車バイク・ソレックス」
ペダルを漕ぎながら必要ならエンジンを回す自転車。
まさに現在の電動アシスト自転車を先取りした乗り物です。
難点は相当な重量であった事でしょうか。
私と父はこの自転車に2人乗りして良く犬の散歩をしてました。
犬も父も私も相当リスキーな事をしていたと思われます。
―何とて片手運転ですからー
案の定、私はこのソレックス号の後輪に右足の親指を巻き込まれて重傷を負います。
骨がチラチラ見えていましたがいつもの様に病院には連れていって貰えずアロエを塗って包帯して1ヶ月放置で終了。
いまだにソレックス号を見ると右親指がヒクヒクします。
ーウィキペディアよりー
前輪上にエンジンがあるためにバランスが取り辛い上、サスペンションを持たないため悪路での乗り心地は悪く、ちょっとした坂道でもペダルを併用しないと登れないという、免許を必要とするオートバイとしては極めて非力で実用性に乏しい乗り物であり、ほとんど普及することのないまま販売終了となった。
親父・・・
次に小学3年の時にきた「マイコン」
当時はパソコンではなくマイコンと呼ばれてました。
父は連日難しい顔をしてひたすらプログラミングしていましたが、できたのは障害避けゲーム。
ボートらしきものでひたすら障害物をエンドレスに避けていくゲームでした。
高価なゲーム機でしたが、おそらく購入値段は母には内緒であったことは今になれば容易に想像できます。
母のいる前で
「これナンボしたん?」
って聞いてみたら面白かったかもしれません。
次に私が中学1年くらいの時に父が乗っていた愛車
「世界のホンダカブ」
とにかく燃費の良さが父の自慢のタネで
当時間違いなく息子の私より可愛かったはずである。
余談であるが、この時期に長男であり跡継ぎである私を母に相談せず裕福な他家に養子に出そうとしていた事実を50歳にもなったつい昨年聞かされるはめになる。
「おまえ、これは1Lで200km走るんやぞ」
「ほんま水で走ってるようなもんや」
「それに比べてお前は燃費悪いのぉ」
さらに
「おまえは無駄飯食いの穀潰しやな」
となり
「前回の中間試験の結果持って来い❗️」
の3段活用。
まさにこいつのせいで毎回平均60点の中間試験を掘り返されるはめに。
燃費の良すぎるホンダカブには良い思い出はありません。
カブに負けないくらいの燃費を叩き出す中学生がいたら教えて欲しい
まだまだ続きがありますが何だか面白くなる前に悲しくなってきたので今回はここまでにしたいと思います。