おもしろうて やがて悲しき はるさんの休日 No21 2026.01.31

第七章 終章「名は残り、人は消える」

一方、ヤマトでは何も変わっていなかった。
火はいつもの場所で燃え、人は集まり、語り、そして静かに散っていく。
ヒノミコは、変わらず火の前に座していた。
誰かが来て、何かを訴え、何かをその胸に持ち帰る。
そこでは、彼女が名を呼ばれることはない。
呼ぶ必要がないのだ。
彼女は、そこに在るだけで十分であった。
ナカトは相変わらず、周囲のすべてを見ている。
道を整え、人を繋ぎ、争いの芽を摘み取る。
「魏(ぎ)から、また使いが来るそうや」
誰かが、風の噂を運んできた。
ナカトは一度だけ、短く頷いた。
「そうか」
それだけである。
魏が紙の上に何と記したか。自分たちにどのような「記号」を付与したか。
それをヤマトで知る者はいない。また、知る必要もなかった。
文明の側では名が人を規定するが、この地では名が役割に先行することはない。
人が先に在り、名は後から、影のように付いてくるものに過ぎない。
だから、影が付かずとも誰も困りはしなかった。
ヒノミコは、ふと爆ぜる火を見つめながら、独り言のように言った。
「海の向こうの国は、名を大事にするのだな」
ナカトは少しの間を置いてから、静かに答えた。
「......名がないと、人を数えられへん国なんや。あそこは」
ヒノミコは、それ以上は何も問わなかった。
夜が更ける。火は小さく揺らぎ、その火を誰かが絶やそうとする気配はない。
それで、十分であった。
同じとき、海の向こうでは。
書が写され、名が繰り返され、やがて強固な「歴史」という石碑に変わっていく。
――邪馬台国。
――卑弥呼。
その二つの名は、紙の上で分かちがたく結びつき、何者も切り離せぬものとなる。
名は残り、人は消える。それが文明の宿命(さだめ)であった。
だが、そのような残酷な変質は、このヤマトの地では起きていない。
ヤマトは、今日も名を必要とせず、ただ人を結び続けている。
火が静かに燃えている。
それだけで、この国はたしかに、そこに在り続けていた。

 

はる診療所

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