おもしろうて やがて悲しき はるさんの休日 No11 2026.01.31

のちに海の向こうの国の書に、こう記されることになる。 ――邪馬台国。 ――卑弥呼。
だが、この列島に生きていた者たちが、自らをそう呼んだことなど一度もなかった。
かつて、この地に「ヤマト」と呼ばれる国があった。
それは、最初から国としてあったわけではない。

遡ること、二千有余年。
奈良盆地の各地で、湧き上がるように人の集まりが生まれた。
水があり、土があり、山から獣が下りてくる。人は集まり、火を囲み、やがてその場所に名が付いた。
唐古・鍵(からこ・かぎ)、清水風(しみずかぜ)、八尾九原(やおくばら)......。
当初は、湿潤な低地に点在する、名もなき小さな集落に過ぎなかった。
いくつかの集まりは消え、いくつかは重なり、いくつかは周囲を引き寄せる磁力を持ち始めた。
季節は巡り、時代は変わる。
度重なる氾濫、そして村を守るための「環濠」を維持する労苦は、人々の肩に重くのしかかった。
やがて、住み慣れた湿地を棄て、人々は、ある一つの場所へと引き寄せられていく。
三輪山の麓――ヤマト。
そこは、絶えず清らかな水をもたらす母なる山。
そして、東の空から太陽が昇り立つ、光の源。
ヤマトは、武力で平らげられたのではない。剣の鋭さで従わせたのでもない。
ただ、そこに「祈り」が集まり続けたのだ。

そのヤマトに、一組の姉弟がいた。 ヒノミコとナカトという。
生まれは貧しく、家柄もない。だが成長するにつれ、二人は否応なく人目を引く存在となった。
姉のヒノミコは「言葉を持たぬ力」を持っていた。 火の前に座るだけで人は静まり、誰もが決断を急がなくなった。それを人は呪(じゅ)と呼び、あるいは神と呼んだ。
弟のナカトは「先を見る力」を持っていた。 争いの先、交易の先、言葉の裏側。まだ起きていないことを、まるで見てきたかのように語った。
二人は命じなかった。 だが、すべては二人から決まっていった。
姉が在り、弟が動かす。その形は次第に周囲にも受け入れられていく。
東ではカワチが道を開き、西ではキビが水を抑え、北ではイズモが祈りを整えた。
ヤマトは征服によって広がったのではない。「結び」によって大きくなったのだ。
やがて、海の向こうから一つの名が届く。
「魏」。
遠く、巨大で、世界の中心を自負する国。
のちにその魏の書「魏志倭人伝」に記されることになる名は、この地で使われた言葉ではない。
それらは外から与えられた「記号」に過ぎなかった。
この国は、自らを一度としてそう呼んだことはない。 ただ火を囲み、道を整え、人を結び続けた。
――ヤマトと。

 

はる診療所

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